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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)773号 判決

控訴人

東京都市場運送株式会社

右代表者

熊沢正蔵

右訴訟代理人

萩原菊次

外五名

被控訴人

東京都

右代表者

美濃部亮吉

右指定代理人

大川之

外二名

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対し、金七六四万〇〇五八円及びこれに対する昭和四三年一二月二一日から支払ずみに至るまで年五分の金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一・二審ともこれを十分し、その一を被控訴人、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金一億四、四一三万八、四五六円及びこれに対する昭和四三年一二月二一日から支払ずみに至るまで年五分の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、左記のとおり付加するほか原判決の事実摘示のとおりであるので、これを引用する。

第一、新しい主張

(一)  控訴人

一、控訴人が従来使用許可の撤回あるいは更新拒絶と述べているのは、地方自治法二三八条の四にいう使用許可の取消のことである。

二、控訴人は、憲法二九条三項にもとづき補償を求めるものである。

憲法二九条三項は、単に立法指針を示すプログラム規定ではなく、それ自体実定法として、行政作用により私人の財産権に特別の犠牲を強いた場合に、これに対し補償請求権を発生させる直接の根拠となるものである。そして、右私人の財産権は、地方自治法上の普通財産上に成立した場合であると、行政財産上に成立した場合であると、もとよりなんら異なるものではない。

行政財産を私人に使用させる場合の態様は一様ではなく、本件の事案についてこれをみれば、長期にして、しかも行政目的の一翼をになう営業に使用させるものであつて、行政財産の使用許可の取消にあたつて、補償請求の正当性・必要性が最も強く明らかな場合である。

三、本件訴訟の提起に至るまで、控訴人は被控訴人から使用目的違反などということは一言も言われたことはなかつたし、また、是正の要求など一度も受けたことはなかつた。

それに、控訴人の営業上の根拠を剥奪するにあたり、警告ないし是正要求という重大な意思表示を文書の作成もせず口頭でしたということは不当である。

被控訴人は、昭和三九年頃本件駐車場にタンクローリーが数台駐車していたことについて使用目的に違反するということで控訴人に注意を与えたと主張するが、右事実は否認する。もつとも、控訴人は、保有するタンクローリーの車庫として本件駐車場を登録したが、それは運輸行政や消防行政の登録上の基地としたものに過ぎず、現実に本件駐車場をタンクローリーが常時使用していたわけではない。控訴人の保有するタンクローリーは、登録台数としては二〇数台になつていたが、現実に運行していたのは二〇台に満たず、タンクローリーのうちの何割かは道路事情のよい夜間に営業のため走行していて、本件駐車場には駐車することが少なく、同時に駐車する場合も、二、三台にとどまる。それに、控訴人の保有する通常のトラックは四〇数台であつたが、それは殆んど本来の駐車場である本件駐車場に駐車させていたので、タンクローリーを一日平均二、三台駐車させても、比重が極めて僅かで問題とするに足りないことである。

また、控訴人が市場内で家具類を積み替えているのを目撃されたというが、それは、市場内の会社に大量の家具・事務器具等を搬入した際に積替えがなされたことを指しているものである。

なお、昭和四〇年三月頃経理検査がなされたことは認めるが、それは、被控訴人の主張するような駐車場の使用方法に関する実態調査ではなく、当時、東京仲買人組合より控訴人と共同して本件駐車場用地に冷蔵庫を建設し、その地下と屋上に駐車場を建設しようという話が持ちこまれ、その際、控訴人がすでに駐車場の権利を右組合に譲渡したのではないかという疑いがもたれたためである。

また、控訴人が生鮮食料品以外の物品の運送をも営業内容に取り入れていたことは認めるが、市場が混雑する午前六時頃から同九時頃までの時間帯を避けており、控訴人が生鮮食料品以外の物品(主として家具類)の運送をしたのは殆んど午前一一時すぎであつて、そのために市場施設の管理運営に支障を生ぜしめるおそれは全くなかつた。

被控訴人の管財課が控訴人に本件駐車場用地の返還を求めたのは、使用目的違反の問題があつたからではなく、市場整備計画の一還として行政目的実現のためであつた。

四、使用目的違反が無補償の使用許可の取消という重大な法律効果をもたらすものであるなら、使用目的の限定をあらかじめ周知徹底させておく必要がある。本件の使用許可書もしくは使用指定書(甲第六号証、第七、第八号証の各一、第九号証)を見れば、使用目的としては、「駐車場用地」とあるだけである。控訴人は、本件土地を駐車以外の用に供したことはなく、また右以外の本件施設も、それぞれ使用許可書もしくは使用指定書記載の使用目的以外の用に供した事実はない。付属営業人としての営業の範囲の問題と土地施設の使用目的の制限の問題は、異なる別個の問題であり、仮に付属営業人として営業内容に問題があつたとしても、それが直ちに土地施設の使用目的違反となるわけではない。

(二)  被控訴人

一、控訴人に対する駐車場使用許可をはじめ本件各物件の使用許可は、あくまで付属営業人としての生鮮食料品の輸送に関してである。ところが、控訴人の本件駐車場等の使用は、その目的を逸脱し、行政財産に内在する制限を超えて、専ら控訴人の私利をはかる目的で使用していたのである。

二、昭和三九年以降、被控訴人の東京都中央卸売市場は狭隘の度が著しく混雑を極め、一方、控訴人は本件駐車場に使用目的に違反するタンクローリー数台を駐車させるようになり、また、昭和四〇年三月中旬頃の控訴人に対する経理検査の結果、控訴人の本件駐車場の目的外使用の事実が判明したので、被控訴人は控訴人に対し、市場の取扱商品に関係のない物品を運送する車については、市場外に駐車場用地を求めるように要求し、本件駐車場用地の目的外使用について是正措置をとり、話し合いをもつてきた。そうした折衝の過程で、控訴人は、昭和四〇年五月に本件駐車場用地を返還することを前提として、被控訴人の港湾局所管の品川ふ頭埋立地を控訴人の新たな駐車場等の用地として取得することを申出たが、これは控訴人の資金繰りの関係で実現しなかつた。その後、控訴人は、太田区平和島先京浜第二埋立地を被控訴人から随意契約により取得しているのであるが、その取得価額は埋立原価の一平方メートルあたり約二万五千円であり、同地近隣の指名競争入札による価格一平方メートルあたり約三万円に較べて低廉であつた。

三、仮に、被控訴人が損失補償の義務を負うとしても、控訴人の主張する補償の内容及び補償額は失当である。

(1) 物件補償について

1 建物

被控訴人が、控訴人に対し使用許可し、本件市場の用地内に昭和四三年一〇月二〇日当時存在した建物は、(1)運送関係従業員詰所兼倉庫一棟、(2)車輛応急修理工場一棟の建物二棟のみであり、このうち同日限り被控訴人が明渡しを受けたのは(1)の建物であり、(2)の建物は控訴人において収去したのである。しかし、(1)の建物は、被控訴人が昭和三五年九月三〇日控訴人から寄附を受けて、被控訴人の所有となつているものであり、これに対する補償の義務はない。

念のため、これらの補償額を算定すれば、新築費用からすでに償却した価額を控除した残存価額を限度とすべきであり、その価額は、(1)の建物について金四六二、二五七円、(2)の建物について金六三、四一八円である。

2 工作物(地下貯油タンク)

本件地下タンクは、昭和三六年六月すでに控訴人から被控訴人に対し使用廃止の届出(乙第一九号証)がなされているので、本件使用の取消にあたり補償の対象とはなりえない。

(2) 営業補償について

控訴人は四ケ月間の営業休止による営業補償を求めているが、控訴人は、被控訴人に対し駐車場用地を返還した昭和四一年一二月三一日の翌日から、被控訴人のあつせんによつて借地した中央区晴海地区等において引継き従来どおり営業を行なつていたし、また、車輛修理工場用地及び作業員詰所・倉庫の各建物については、控訴人は新しく取得した太田区平和島地先京浜第二地区埋立地において昭和四三年一〇月頃に営業を開始するまで引継き使用許可を受け営業を継続していたから、控訴人には本件市場施設の返還にともなう営業の休止は全くない。

(3) 立退補償について

控訴人の請求は、本件駐車場用地等について使用権の存在を前提としているが、控訴人の使用権は、市場運営の効率的見地と、これに加えて控訴人が使用目的違反という帰責事由を惹起したことにより、すでに消滅しているから、控訴人の請求はその前提を欠いている。右使用権の消滅による損失は、その使用権に内在するものとして使用者の負担に帰せられるべき性質のものである。

第二、証拠関係〈略〉

理由

第一本件各物件の使用ないし明渡しに至る経緯

本件各物件の使用ないし明渡しに至る経緯は、原判決の認定のとおりであるので、その記載(原判決二丁裏九行目から同三丁表一行目まで及び同丁表七行目から同六丁目表一〇行目まで)を引用する(〈省略〉)。

第二本件各物件に対する使用許可及びその取消(明渡請求)の効果

一右認定の事実によると、東京市(都)中央卸売市場築地本場(以下、「中央卸売市場」という。)は東京市(都)が東京市(都)民の毎日の食生活に欠くことのできない生鮮食料品の卸売をさせるために開設している公共性の強い市場(取引の場所)であり、本件各物件は、中央卸売市場の指定区域内にあり、同市場の正門のすぐ東側の一角を占め市場業務の円滑な運営のために重要な位置にあつて、都有行政財産に属するものである。そして、控訴人が昭和一七年以来本件各物件(位置、施設の種類に変動のあつたことは、前認定のとり)を使用していたのは、私法上の契約によるものではなく、行政財産の使用許可(東京市条例昭和九年第三七号東京市中央卸売市場業務規程、同条例全文を改正した東京都条例第一四七号東京都中央卸売市場業務規定にいう「市場施設の使用指定」)によるものである(右本件物件の使用の法律関係が「行政財産の使用許可」であることについては、当事者間に争いがない。)。

右使用許可に基づく本件の土地使用権及び施設使用権は、土地等を使用する権能を与えるものであるが、使用客体が行政財産であることから、行政財産の本来の用途または目的による制約が内在しており、行政財産の本来の目的を妨げない使用が許容されたものにすぎない(昭和三八年法律第九九号による改正後の地方自治法二三八条の四は、行政財産の使用について借地法・借家法の適用のないことを明文で明示している。)。

中央卸売市場の付属営業人が市場施設を使用しようとして市場施設指定願書を提出する場合には、東京都中央卸売市場業務規程(昭和二三年条例第一四七号)四三条、同施行細目(同年一一月二〇日東京都都有財産規則第一九九号)五三条の規定により一定の様式によらねばならず、そこには使用期間の項目があり、本件の控訴人の願書、指定書にも、前認定のとおり使用期間の記載があるが、前記第一に認定した事実によれば、右記載を以て控訴人が一年あるいは六月、三月毎に限られた物件の使用を了承していたものとはとうてい考えられないし、被控訴人もこれを諒承していたと推測できるので、それは、被控訴人の事務処理の都合上定められていたものと解される。

そうすると、使用期間の定めが形式的にあるからといつて、期限到来によつて法律関係が当然に消滅するというものではなく、本件各物件について使用許可によつて与えられた使用権は、貸付期間について期間の定めがないものとみるのが相当である。

二ところで、貸付期間について期間の定めのない場合、都有行政財産は、その所有者である東京都の行政活動の物的基礎であり、その性質上行政財産本来の用途または目的のために利用されるべきものであつて、これについて私人の利用を許す場合も行政財産たる用途または、目的を妨げない限度において使用が許可されているものであるので(昭和一九年三月九日東京都規則第四号東京都都有財産規則三条、昭和二三年東京都条例第三号東京都都有財産条例三条及び同条例全文を改正した昭和二九年東京都条例第一七号東京都有財産条例一二条。昭和三八年法律第九九号による地方自治法の改正後は、同法二三八条の四)、地方公共団体が当該行政財産について本来の用途または目的上の必要が生じた場合、右法令に基づき使用許可を取消したときは、使用権者は原則としてこれを受忍すべき義務があるので、その時点において使用権は消滅することになるのであり、このことは行政財産の使用権自体にこのような制約が内在していることに由来するといえるのである。

三被控訴人が控訴人に対し昭和四一年一〇月五日頃到達の書面(後掲甲第一二号証)で同年一二月三一日限りで本件各物件を返還すべき旨の意思表示をしたのは、主として本件市場の狭隘化に伴う効率的運営の見地からであり、その理由は、原判決の理由説示のとおりであるので、その記載(原判決九丁表二行目から同一三丁表一行目まで)を引用する(〈省略〉)。

そうすると、被控訴人の右返還請求は、所定の使用期間の満了に際しその期間を更新しないという形式でなされているのであるが、同請求は、地方自治法二三八条の四第五項東京都中央卸売市場業務規程四六条四号に基づく使用許可の取消と解され、右取消(講学上の使用許可の撤回)によつて、控訴人の本件各物件に対する使用権は消滅したと解される。

なお、被控訴人は、本件使用許可の取消の事由として、右公益上の見地と競合的に、控訴人の使用目的違反(許可条件違反)を挙げている。〈証拠〉によると、本件土地の使用目的は「駐車場用地」と指定されていたことが明らかであり、それは単に駐車場用地以外の用に供してはならないことを指示していただけのものではなく、市場と関係のない駐車場として使用してはならないことを指示していたと解するのを相当とするが、前認定のとおり、控訴人は、昭和三四年一二月頃から本件市場に関係のない雑貨類、家庭電気製品、石油等の運送自動車の駐車場として、本件駐車場を利用するようになり、昭和三九年から四〇年ごろになると、控訴人所有の約四〇台の自動車のうち本件市場に関係のある品物を運搬に使用する車は、主として本件駐車場以外の本件市場の広場を駐車場として利用し、本件市場に関係のない品物の運搬に使用する車が主として本件駐車場を利用していたのであつて、これらのことは、控訴人の本件土地の使用について一応使用目的違反があつたものということができ、〈証拠判断省略〉。しかし、控訴人が本件市場に関係のない商品の自動車運送を手がけるようになつたのは、前認定のとおり、昭和三二、三年頃から本件市場の利用者が自家用のトラックを利用することが多くなり、控訴人の本件市場内の仕事量そのものが減つてきたことと関連があり、それに加えて、東京都中央卸売市場に対する被控訴人の管理運営が長らく適正を欠いていたことが控訴人の目的外使用を助長したと認められるのであつて、これらの諸事実を勘案すると、右控訴人の使用目的違反を禁止するためのいわゆる最後通牒的催告をしないで本件使用許可の取消事由とするのは相当でないと考える。しかし、右理由を競合的に掲げたからといつて前示許可取消の効力を左右するものではない。

また、控訴人は、許可取消権の濫用等特別の事由がある場合には、使用権者は許可取消を受忍する義務がないと解すべきで、控訴人は本件許可取消後の跡地利用の状況からみて被控訴人は本件土地を行政財産の本来の用途に使用していないし、その必要もないと主張する。しかし、〈証拠〉によれば、右跡地は現に市場関係者の駐車場として使用されており、同市場は早朝から午前一〇時まで位の間混雑を極め、特に市場関係者の自家用車利用の激増によつて右跡地を始め駐車場用地の狭隘化をもたらしていることが認められ、控訴人主張は理由がない(従つて、このことは後述三の特別の事情にも当らない)。

第三本件使用許可の取消に伴う損失補償の要否

一控訴人は、本件物件の使用許可の取消に基づき補償金の請求をしているのに対し、被控訴人は、補償は不要であると争うので、つぎに、この点について判断する。

都有財産の使用許可の取消を理由とする損失補償の要否についてみるに、本件取消の通知がされた当時の地方自治法(昭和三八年法律第九九号によつて改正された地方自治法)二三八条の四および五によると、普通財産については、補償の規定がもうけられているが、行政財産については、これがもうけられていない。しかし、地方自治法のあとで制定された国有財産法では、国有財産に関して、普通財産を貸し付けた場合における貸付期間中の契約解除について損失補償の規定がもうけられていて(同法二四条)、これを行政財産についても準用しており(同法一九条)、国有であれ都有であれ行政財産であることに本質的にかわりがなく、また、右規定は、貸付期間中の解除に関するものであるが、期間に定めのない場合であつても使用許可の目的、内容ないし条件に照らし一応の使用予定期間の認めうるときは、これを期間の定めのある場合と別異に扱う理由はないから、国有財産法の補償の規定は、都有行政財産にも類推適用されるべきであり、都有行政財産を公用もしくは公共用に供するために使用許可を取消したときは、取消によつて生じた損失を補償すべきであると解される(許可条件等に違反する帰責事由がありこれを理由に使用許可が取消されたときに、損失補償の必要のないことはもとよりのことであり、また、使用許可にあたり取消によつて生じた損失を補償しないことを定めていても、右附款は右立法の趣旨に反するもので、無効である。)。従つて損失補償について、直接憲法二九条三項にもとづいて論ずることは必要でない(最高裁第三小法廷昭和四九年二月五日判決・民集二八巻一号一頁参照。なお、昭和四九年法律第七一号による地方自治法の改正により、同法二三八条の四第二項に、行政財産の使用許可の取消についても、普通財産の損失補償に関する規定が準用になることが明文をもつて明らかにされた。)。

二右判示のとおり、本件使用許可は、期間の定めのないものではあるが、中央卸売市場の業務の継続に伴ない各物件の使用を予定していたものであり、また、控訴人の帰責事由を理由に使用許可が取消されたものではないから、前叙のとおり、使用許可の取消について損失補償の規定が類推適用されるべきである。

なお、被控訴人は、控訴人と被控訴人間において本件各物件の使用許可の取消に際して損失補償を一切しないとの合意をなしていると主張するが、右合意を認めるに足りる証拠はない。

三右国有財産法の補償規定によると、使用許可の取消に「因つて生じた損失」を補償すべきことを定めている(同法一九条、二四条)。それで、補償をすべき損失の対象・範囲は、使用権の性質と取消理由の相関関係から合理的に解釈すべき問題である。行政財産の使用許可の取消に際して使用権者に損失が生じても、使用権者においてその損失を受忍すべきものについては、当該損失は、補償を必要とする損失にあたらないことはいう迄もない。

行政財産の使用許可を受けたものは、行政財産について一定の使用権を有し、使用許可の取消によつて右使用権を喪失し使用権の経済的価値相当の損失を受けるのであるが、行政財産について本来の用途または目的上の必要が生じ使用許可が取消された場合は、右使用権は借地権と異なり本来行政財産に由来する内在的な制約を伴なつているものであるから、右使用許可の取消によつて使用権を喪失したことによる右損失については、一般的にこれを受忍すべき立場にあるといえる。そして、右行政財産の使用許可の取消に基づく法律関係は、これを借地権の更新拒絶(借地法四条、六条)または借家権の更新拒絶、解約申入(借家法二条)と比較してみると、両者は制度の構成を異にしており、後者の場合には、拒絶ないし解約理由としての正当事由が厳格に絞られていて、正当事由を充足する事実がなければ借地権または借家権の消滅が正当視されないことになつていて、私権間の調整がはかられており、そこになんら補償の問題を残さない法律構成が採られているのであるが、前者の場合には、行政財産の上に使用権を設定するものではあるので、公共の必要があるときには原則として使用権を消滅できるとするが、それは、公共の使用を理由として一たん付与した使用許可を取消し、公共の利益のために個人の利益(財産権)を犠牲にするものであるので、取消に伴ない相手方にその責に帰すべき事由に基づかない特別の犠牲を強いるような場合には、この特別の犠牲に対しては全体的な公平負担の見地から正当な補償を行ない利益調節を行なうべきものとし、これによつて右法律関係の変動を正当視しようとしているものである(換言すると、公法上の損失補償は、適法な公権力の行使によつて強要された特別の犠牲に対し、これを全体の負担に転嫁する法技術が採られている制度である。)。

それで、使用許可が取消された場合、使用許可の取消の受忍義務があるため、常に、使用権の価値相当の損害受忍義務があるというわけではなく、特別の犠牲がある場合には、右取消による使用権の価値相当の損失補償を求めることができるものというべきである。特別の犠牲の例としては、使用権者が使用許可を受けるにあたりその対価の支払いをしているが当該行政財産の使用収益により右対価を償却するに足りないと認められる期間内に右取消がされたとき、その他経済上使用権の設定の対価と評価されるような経済的負担をしたに拘らず、その投下資本が回収されていないのでこれを補償するのが公平と考えられる場合、使用許可にあたり別段の定めがされている場合等が挙げられるが、かかる使用権の経済的価値の評価をどうすべきかは困難な問題であり、また、その全額を補償すべきか一部で足りるかは各具体的事情によつて異なるものといえる。

もつとも、右使用許可の取消によつて使用権の価値そのもの以外の損失、たとえば、建物・工作物の移転費、営業損失、整地費等について損失を受けているときには、その損失について補償を求めることができるものと考える(右最高裁判決参照)。

四それで以下、控訴人の請求している本件損失について、補償を求めうる特別の事情があるか否かについて判断を進める。

(一)  物件補償について

1 建物

被控訴人は、本件の使用許可の取消をした当時残存していた建物は、(イ)運送関係従業員詰所兼倉庫(請求原因中の⑤及び⑥の物件)、(ロ)車輛応急修理工場(請求原因中の④の物件)の二棟のみであったと主張するが、〈証拠〉によると、請求の原因中の②③の物件(右争いのないものを含めて②ないし⑥の物件)も、使用許可の取消当時に存在していたことが認められる。

被控訴人は(イ)の建物は被控訴人が昭和三五年九月三〇日控訴人から寄附を受け被控訴人の所有となつているので、これに対する補償の義務はないと主張する。控訴人においても、被控訴人が(イ)建物を取得した経緯については争わないのであるが、控訴人の右寄附は、控訴人に使用許可が継続されることを前提としていたことが明らかであるから、被控訴人が寄附を受けているからといつて、補償の義務を免れるものではない。右取消は、右建物について投下した対価を償却するに足りない期間内に返還を求めたものであるので、その損失補償をすべきである。

(ロ)の建物は、使用許可の取消にもとづき控訴人において自ら収去したものであるが(このことについては、控訴人において明らかに争つていない。)、これについても、控訴人は右建物について投下した対価を償却するに足りない期間内に移転を求められたものであるので、被控訴人は補償の義務を免れない。

右補償額は、一般には、移転した場合は移転費用を限度とすべきであり、明渡した場合は使用許可の取消時の時価(中古価額)を限度とすべきである。しかし、本件では控訴人をして従前の建物と同程度の建物を取得所有するに必要な費用を補償するのが相当であると解する。そして、右に要する費用は、〈証拠〉によると、一五一万六、六六〇円と認められるので、被控訴人は、右物件の補償として一五一万六、、六六〇円を支払うべきである。

2 地下貯油タンク

〈証拠〉によると、地下貯油タンクについて、昭和三六年六月控訴人から被控訴人に対し使用廃止の届出がなされていること、また、その廃止は本件使用許可とは別個のものであり、右タンクの跡地は控訴人の駐車場用地として使用されていたことが認められ、〈証拠判断省略〉。それで、右タンクは、本件取消にあたり補償の対象とはならないものである。

(二)  営業補償について

控訴人は四ケ月の営業休止による営業補償を求めているが、〈証拠〉によると、控訴人は被控訴人に対し本件駐車場用地を返還した昭和四一年一二月三一日の翌日から新たに借地した中央区晴海地区において引継き営業を行なつていたこと、また、車輛修理工場用地及び作業員詰所、倉庫等の建物は、右駐車場用地を返還した後も、控訴人が新しく取得した太田区平和島先京浜第二地区埋立地において昭和四三年一〇月頃に営業を開始するまで引き続き使用許可を受け営業を継続していたことがそれぞれ認められる。しかし、〈証拠〉によれば、その間約一年間にわたつて営業所の移転その他右のような事情で営業に相当な支障をもたらし、営業利益の低下をきたしたことが窺知され、〈証拠判断省略〉。そうすると、控訴人は本件各物件の返還にともない営業を完全休止してはいないが、右営業利益低下による損失の補償を求めることができる。

そこで、右補償額について検討してみる。〈証拠〉によれば、建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償の基準として、通常の場合営業を休止し営業所を移転するときには四ケ月を標準として実情に応じて定めることと扱われており、そして控訴人が少くとも四ケ月間完全に休業したことを前提とすると、控訴人の主張のとおり合計一二二四万六七九六円の損失を蒙ることが認められるが、本件においては完全休業ではなく、約一年間にわたる営業上の支障にとどまるものであり、また、前認定のとおり控訴人の営業のうち東京中央卸売市場関係の仕事は全体の営業の三分の一程度であつたので、右主張額の半額にあたる六一二万三、三九八円をもつて補償すべき額を認めるのを相当とする。

(三)  立退補償について

立退補償に関する控訴人の請求は、本件駐車場用地等について使用権を有していたことを前提とし、この使用権を喪失したとして、当該土地の時価の五〇%にあたる補償を請求しているものであるが、前述のとおり、控訴人の右使用権は使用許可の取消により消滅に帰しているのであり、そして、右使用権の消滅による使用権の経済的価値相当の損失は、行政財産の使用権に内在する制約として特別の事情のないかぎり補償を求めることはできないものである。

控訴人は、右特別の事情(特別の犠牲)にあたると認められるものについてなんら主張せず、ただ〈証拠〉によると、控訴人が使用権を有していた市場内の土地には現実に利権(営業権)が生じていてそれが実際に高価な価額で取引されているという事情を述べているのであるが、この事情も、借地権の取引にあたつて支払われている権利金の授受とは異なるものであり、かかる実情自体も前示使用権の性質に鑑み法律上の保護に価するものとはいえないので、控訴人の本件使用権を借地権と同様に評価することはできないというべきである。従つて、控訴人が本件使用権の喪失にもとづいて立退補償を請求しているのは理由がないというほかない。

第四以上のとおり、控訴人の本件補償金請求は、物件補償として一五一万六、六六〇円、営業補償として六一二万三、三九八円、合計金七六四万〇、〇五八円及びこれに対する使用許可の取消により履行期が到来したと解される昭和四三年一二月二〇日日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払いを請求している限度で正当であるが、その他は失当である。

よつて、右判断と異なる原判決を変更することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法九六条、九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(伊藤利夫 小山俊彦 山田二郎)

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